くわはらともみ (旧姓なかむた)桑原 知美 (旧姓 中牟田)
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スポンサー:GENTEMSTICK、 FULLMARKS、 HESTRA、 POC、 KASK、 ZEN、 MSR、 T-TUNE 福岡県出身 ニセコ在住 |
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90年、まだ珍しかったスノーボードの写真に衝撃を受け北海道にアルバイトを見つけ移住、スノーボードを始める。 同年春にニセコに出会い、師匠、玉井太朗氏に出会い今に至る。 1994年にJSBAのプロ資格を取得後一度だけハーフパイプの大会に出場。 その後はフリーライディングを中心に活動しレディースフリーライディングの第一人者として多くの写真や映像を残す。 初期の頃からアラスカに通い8回の経験を持ち伝説の大会「KING OF THE HILL」に2度出場しエクストリーム4位総合6位となる。 ニュージーランドで行われた「KING OF THE MOUNTAIN」にも出場。 ニセコを中心に「SHEESA RIDING CAMP」を主催しライディングが劇的に変化すると言う事で多くの方の支持を得ている。 また、ジャクソンホールやアラスカへのSESSIONなどを企画。 2010年より地元ニセコに感謝の気持ちを込めて「ニセコローカルレディースキャンプ」を開催し深いターンと当て込みの上手い女の子の多い山「ニセコ」を目指す。 GENTEMSTICK発足当初からレディースモデルの開発を手掛け、2010年に3度目のシグネチャーボード「TRINITY」を発表。 最高のレディースフリーライディングボードとして高い評価を得ている。 ニセコに出会い20年以上が経った今もセンター4に乗りスーパーコースに思い通りのラインを描く事を目指し修行中。 FILM&VIDEOpersona, signatures, public sentiment, aura, icon3, icon4, icon5, icon6, icon7 雪降る時に・・, 他多数MAGAZINE2010年アラスカトリップ双葉社 FALL LINE 11 「きっとまたココに戻ってくる!そんな女の子達のアラスカキャンプ」他 2007年のアラスカトリップ 双葉社 FALL LINE 08 「天国と地獄、それでもやっぱり天国の勝ち」他 |
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スノーボード以外の事も少し・・ 子供の頃から乗りもの滑るものが好きでした。 小学生の頃から好きだったスケートボードは数年前に怪我してからちょっと控えていますが・・ 最近はサーフィンにハマり時間を見つけては海に通う生活です。 なかなか上手くなりませんが海につかるだけでも気持ちがいいし運動して疲れる感じも気持ちがいいので ちょっとずつしか上手くならなくてもめげずにぼちぼち続けて行きたいと思います。 でもいつかはちゃんとターンや当て込みが出来るようになってスノーボードにも良い影響が出るぐらいになりたい!と思っています。 ニセコの自然がそうさせるのか春は山菜採り、秋は茸採り、そして自宅の庭の畑にはたくさんの野菜を育てています。 初めてニセコに来た時にすごくパワーを感じました。 人もパワフルで驚きました。みんな夢が有って元気でした。 アルペン第四リフトに乗った時に真っ白なピークが真っ青な空をバックに光ってました。 「何だここは?」と思うぐらい圧倒されたのを憶えています。 花園リフトが出来る前で花園のツリーランはいつもノートラックの底なしパウダーで滑っても滑っても滑り尽くせない程いい雪が積もってました。 見晴らしは腰パウでスノーボードでもスキーのフェースショットみたいになりました。 そして尾根も朝イチのスーパーコースも滑る人も少なく常に最高でした。 太朗サンをはじめ多くのレジェンドスノーボーダーの後を追ってバックカントリーに入りたくさんの事を教えてもらいました。 雪崩の事、ライン取りの事、ターンや道具の事、そしてプロとして仕事をする上で必要な事も。 20年以上前に1枚の写真を見た瞬間に絶対に面白いと思ったスポーツ「スノーボード」 たった一回のスキー経験しか無かった私が導かれるようにしてスノーボードを始め ニセコに巡り会いたくさんの人に出会い今尚スノーボードへの興味が薄れず シーズンが始まるのをワクワクしている事を嬉しく思います。 いままで支えてくれたたくさんの方に感謝しています。 そしてニセコの山や自然に感謝してこれからもスノーボードを続けて行きたいと思います。 ニックネーム「シーサー」はニセコに来る前に沖縄の渡嘉敷島に住んでいた頃に付けられました。 屋根の上にのったすごい顔した「シーサー」に似ているとは嬉しくない理由でしたが 良いニックネームをもらい20年以上「守り神」のお名前を使わせてもらっています。 沖縄の海の守り神シーサー様にも感謝! ありがとう |
| 2009年10月 |

